こんにちは!
今日はすっきり晴れました。昨日より気温も上がって、体を動かしたくなります。
こんな日は、ゴルフの練習場に行きたくなります。9月の始めには久しぶりに練習しました。意外と覚えているもので、ドライバーが180yd近く届きました。隣のお爺さまから、”ナイスショット”と言ってもらえました。そのうちに以前、ラウンドに誘われた、名前を覚えてない人が二人、私の席に近づいてきました。私の右隣りの人に話をしていたので、私は構わず打っていました。ふたりは「私を誘いたい」という顔をしていました。ゴルフの仲間たちの話はまた次回でしますね。
42歳の派遣社員
家の近くに、大きな建設機械を作る会社があり、私は派遣社員として働いていました。ExcelのVLOOKUPが出来れば良いということで、データ処理を見習い、総務の仕事をしていました。
経理部に、社員から預かった領収書を、経費で申請するという仕事で、経費として認めるには、何人で行ったかという事が領収書に明記されていなければダメなのです。その領収書を持ってきた上長は、明らかに一人でバーに行ったであろう事が誰が見ても明らかでした。私が書き加える訳にもいかず、認められませんでしたとお返ししました。すると”ちぇっ”と聞こえました。舌打ち?それは困りますね。
2007年 私の急病
忘れもしない2007年7月、健康診断した私に、夕方検査した病院から電話がかかってきました。買い物中の私は不在で、電話に夫が出ると、「あなたには言えません」とのことでした。私はその病院に向かいました。「血小板が異常に低くなっている」「itp] という病気で間違いないだろうとの事でした。セカンドオピニオンを受けに行っても、結果は変わらず、大きな病院で検査をすることになりました。血液検査で10本の試験管に血を取られ、血が無くなる!と思いました。初めて血液内科の先生に会うと、目を凝らしてジロ~と見られました。42歳でこの病気なんて、お婆さんがかかるものなんだけどね。PHSで病室の看護婦さんに「ベット空いてる~?」と聞きハイ入院ね!
待ったなしです。その時長女は高校1年生、長男は小学5年生でした。
2か月の入院から、手術
派遣会社に連絡して、急に入院することになった事を伝えました。会社では派遣の私が2か月も仕事に行けないと、契約終了になるだろうと思いました。でも会社の方々は、退院するまで私を待っていて下さったのです。お見舞いにも来ていただき、他の社員さんからもメッセージをたくさん受け取りました。病院の大部屋では、隣に白血病、向かいに悪性リンパ腫の患者さんがいました。毎朝、苦~い大量の薬を飲み、私が10錠、白血病の人は30錠、リンパ腫の人は20錠を一緒に飲みました。7月半ばから入院して8月も終わるころでも、私の血小板は3万以下・・最後の治療として脾臓を摘出する手術を受けることになりました。
病室では、リンパ腫の人から、「わたし、余命10年、あなたは何年?」と真顔で聞かれました。
いやいや、ガンじゃないし、余命は聞いてませんと答えました。かつらをおしゃれにかぶる明るい患者さんです。
70%の治癒率
手術により完全に血小板数が上がり、退院することができました。手術は腹腔鏡手術でしたので、
回復が早く、仕事にも年内に復帰することができました。私の分まで2倍頑張ってくれた派遣仲間
や社員の人たち、皆に支えていただいて仕事を続けることができました。みなさんに感謝です。
治る確率が、70%ならいいよね?と夫。集中治療室から安心して夫は帰りました。
まるで”デカ”と言われた私
派遣社員さんは男性でもとても多く、建屋にいっぱいの資料棚と机。私は勤務表を取りまとめていたのでしたが、ある派遣社員さんが2日休んだのをチェックしました。その月末、集計するときに、休んだ日にちが出勤になっていたので、あれ?と思いました。上長のファイルまで鍵がかかっていなかったので、見られる状態でした。見ると「出勤」になっていて、しかも残業されているようでした。おかしいな?と思い、上長に私の記録とこの人の勤務表は違っている旨をメールしました。上長の方で調べると、本人は休んだのを認めました。私に深々とお詫びをする上長。そこまで大げさにしたくはなかったので、言わない方が良かったかも?と思いました。
後日、会社を辞めてしまった派遣社員。私のせいだと感じました。でも後々調査があれば、わかることなのだと思い、メンタルが下がり気味でしたが、なんとか維持していました。私のことを、まるで刑事!と言われてしまいました。
よくプロジェクターを使う会議に出席させていただいて、会社の状況を見ていました。販売シェアは海外に多く、資金調達はほどんど日本だったのを見て、ちょっと不安になりました。でも私には関係ないかなと思いましたが、ちょうど北京オリンピックが始まった7月に、なぜだか私は辞めてしまいました。病気の時にあんなにお世話になったのに、あんなに助けてくれたのにと、恩知らずの私がいました。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
ちょっと長くなってしまいました。
「人格をさがす旅」はまだ続きます。
皆様の心と体のご健康を、何よりも応援させてください。
ありがとうございます。

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